野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

魁皇 引退

  大関 魁皇

魁皇が引退することになった。
琴欧州との一番が気になっていたが、NHKのテロップを見て「やはり・・そうか!」と思った。
相撲をテレビで観戦して、魁皇ほど気になる力士はいなかった。
右上手を取るとめっぽう強いが、上手を取れないと本当に頼りない場面もあって、気になってしょうがない。

ここ数場所は目覚めたように強い相撲が多くなり、心境の変化でもあったのかなと感じていて、千代大海を投げつけて引導を渡した相撲など、鮮烈な印象を残した。
リンゴを簡単に握りつぶす、握力は100kg以上と言えば、怪物だ。
19日のNHK解説をしていた北勝力も言っていたが、「右小手投げはこわかった。腕が折れるんですよ」、と。
小手投げを多用すれば勝てるのに、それでも魁皇は上手を取ろうとした。

「気は優しくて力持ち、真面目で努力家、潔い」-金太郎のような「お相撲さん」らしい力士が土俵を去った。
・・・日本人の道義の基本を示してくれた力士でもあった。

新聞記事から、そうだなと思う記事を転載してみた。

 「攻める気持ちが足りなくなった」。この言葉が、すべてを物語っていた。
  琴欧洲の左差しを嫌い、左に回り込むと体が離れた。そこから足が出ない。
  琴欧洲の突き放しをいなそうと左に、左にと逃げたが、一度も前に出られずに土俵を飛び出した。
  取組直後、「全然思ったような相撲にならなかった」と話した魁皇だが、この時点で引退を決意していたのだろう。その表情はさっぱりしていた。
  
  魁聖を相手に場所中としては異例の関取との三番稽古(げいこ)をし、取組後は奈良県整骨院に毎日通うなど、あらゆる手を尽くした。
  「体調が悪いけど、場所が始まってからも、やれることはしっかりやった」。無念さは、もう残っていなかった。

 魁皇の話 
  「やっと終わったな、長かったなと思う。振り返れば、いろんな人に支えられ、応援してもらった。
   そういう人たちがいたから、ここまでやってこれた。23年間の相撲人生は長い。簡単には振り返れないけど、全ての人に感謝したい。
   言葉にできないほど、感謝でいっぱい。魁皇としての人生は最高でした」