野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

死ぬ前に一度は乗るべき”Kawasaki KX500”

  「「DIRT BIKE」
つい最近、米国の著名MX専門誌「DIRT BIKE」が「KX500: THE ONE BIKE TO RIDE BEFORE YOU DIE」として、”死ぬ前に一度は乗るべきマシン、KX500”を記事に書いている。当時、カワサキのモトクロスマシンは他社に先駆けてフルラインアップし、KX60からKX500を揃え、多くのモトクロスファンの期待に答えていた。加えて、KXを基本に開発したエンデューロ・マシンもラインアップに揃えていたので、日本の二輪企業のなかでは最も多くのオフロードマシンを世界中に供給していた。その最上級排気量クラスマシンがKX500で排気量は499cc。KX500の活躍は、昨年9月にも「Mmotocross Action」が取り上げていたものを本ブログKawasaki KX500に書いたが、1989以降の最上位排気量クラスのレースではカワサキの独壇場で、当時、米国では最も多くのチャンピオンフラッグを獲得したマシンとして評価されている。

専門誌がKX500の戦闘力を高く評価してくれるのは嬉しいのだが、開発を担当した一員として振り返ると、KX500ほど難しい開発はなかったと言う記憶が残る。なにせ、今、振り返って昔を思い出しても、2サイクル500cc単気筒エンジンの開発は難しかった。2サイクルエンジンの制御機構が無い時代に、シリンダー、エキゾートパイプと気化器で、有り余るエンジンパワーをコントローラブルな特性に纏めるのが難しい。この時代、2サイクル500cc単気筒のパワーをコントロールできる選手は世界中探しても5指もいない時代で、誰でもコントロールできるエンジンパワーではなかったのは確かだろう。日本と米国の社内評価ライダーの評価は手厳しく、もっとコントロールできるパワー特性にしてくれと強く要求した。ベンチマークにしていたホンダCR500は一般評価ライダーの評価は素晴らしく、評価ライダーはCR500以上のエンジンコントロール性をいつも要求するが、これが困難で、一時はKX500エンジンの出来の悪さを自虐的に考えてしまう時期さえもあった。しかし、いざ本番レースになるとトップライダーが乗るKX500の持つ戦闘力は群を抜いて素晴らしかった。つまり、乗るライダーによって評価が異なっていたのだ。その証左の一つに、「Racer X online」は、カワサキワークスRon Lechienが「1988年Motocross des Nations」に出場した際の、 LechienがKX500を絶賛した記事を書いた。

  「Superbikes ... Jeff Ward up front」
加えて言えば、カワサキのワークスライダー Jeff Ward がKX500で米国で当時流行していた、「Superbikers」に出場し何度も勝ったと言う事実や、当時内燃機関研究の先端研究所ベルファストにある大学のブレイア教授にも請われてKX500エンジン数台を研究用に送ったこともある。このように、KX500エンジンは汎用性があり優秀だった。更に、KX500の能力の高さを目の当たりにしたのは、当時アメリカの某社ワークスライダーであった、某著名ライダーを世界モトクロス選手権にカワサキで参戦させるべく、彼が常時使っていたカリフォルニア・ランカスターのMXコースでKX500のワークスマシンを試乗させた際、彼の特別仕様ワークスマシンより、仕様を合わせていないKX500が4秒速く走ったことだ。現地でこの試乗には立ち合ったので良く覚えている。

だが、月日が経って歴史を振り返って思い出すのは当時の自虐的にさえなった苦労ばかり。こうして多くの専門誌がKX500の、その優秀性を語ってくれることで、やっぱりKX500は凄かったんだと思いだしても微かに微笑みが浮かんでくる程度でしかなく、頭の中を占めているのは苦労し悩んだ事のみが先に出てくる。