先日の神戸新聞、2回に分けて「トヨタの変革」と題しトヨタの車作りについての記事があった。1回目は普通に知られているトヨタの車作りの基本的考え方が述べられ、従来通りトヨタは「品質」を重視するとの記事が最初にあって、如何にもトヨタらしいなと思いながら、トヨタはなにを変革していくのだろうと考えていたら、2回目は「トヨタのレース参戦」だった。トヨタは数年前、相当な資金を投じてF1に参戦しながらも一戦も優勝することもなく経済環境の激変に伴い簡単にF1から撤退した。その記憶があるだけに、いまさら「トヨタの変革」としてレース参戦を取り上げる必要性があるのか興味をもった。記事によると、トヨタは「刺激が少なく退屈な車」からの脱却を図り、車の楽しさを消費者にアピールしたいのだそうだ。ライバルのドイツの高級四輪車企業、アウディやポルシェに勝てば、企業イメージが格段に向上すると期待しているとのこと。日本では、モータースポーツは一時期の流行なるものはあったが、いわゆるモータースポーツ文化なるものが定着したという記憶がない。そこで、トヨタのレース参戦がなにを目的にしているのか気になった。(ちなみに、アウディ、ポルシェはVWgr最大の高収益企業として知られている)
今年の1月、「2014年 モータースポーツ活動発表会ムービー」に、トヨタ豊田章男社長自らトヨタのモータースポーツ活動に関する考え方をプレゼンした内容が公表されている。それによると、「トヨタのモータースポーツの歴史は、1957年、オーストラリア一周ラリーにクラウンで出場し、完走を果たした事に始まり、 戦後まだ対日感情が芳しくない時期に、国際親善と貿易振興のため、外務省等のご要請に基づく参戦だったと伺っております」「自動車競走に参加することで、お客様、ファン、地域、場合によっては、世界中の皆様に『元気』や『笑顔』をお届けできる。 そして、人を鍛え、クルマを鍛えることで、 お客様や、レース参戦者の皆様に向けても、『もっといいクルマをつくり、ご提供していく』 その姿勢が、トヨタのモータースポーツのルーツであり、これからも『ぶれない軸』なのだと思っております」「そこでは、クルマにも数多くのトラブルが連続して起こります。限られた時間・・限られた設備・・ その極限状態の中で、メカニック達は 「知恵」と「強い信念」でトラブルを乗り越え、大きく成長していきます」 「当社の創業者である豊田喜一郎が、亡くなる直前の1952年3月に遺し、絶筆となった『オートレースと国産自動車工業』という文章に、 このような一節があります。『これから、乗用車製造を物にせねばならない日本の自動車製造事業にとって、耐久性や性能試験のため、 オートレースにおいて、その自動車の性能のありったけを発揮してみて、 その優劣を争う所に改良進歩が行われ、モーターファンの興味を沸かすのである・・・ 単なる興味本位のレースではなく、日本の乗用車製造事業の発達に、必要欠くべからざるものである』」、 とある。
トヨタは自動車メーカーの技術的必然性からレースを始めたわけではなく、お役所からの要請(指示)が出発点だったとしている。
そして、モータースポーツを通じて、トヨタファンに『元気』や『笑顔』を届けることを使命とし、その活動を通じてトヨタの車作りに必要な強靭な精神力を醸成し、お客の喜ぶ車を提供する事としている。この事は単純にサーキットでの速さや勝敗にこだわり「とにかく勝つ」ではなく、モータースポーツを通じてファンにアピールし、かつモータースポーツを文化としてメーカーが協力していくという姿勢のように読み取れた。これが、世界の四輪業界の頂点に君臨するトヨタが考えるモータースポーツ活動と解釈できる。いずれにしても、豊田社長自らトヨタのモータースポーツ活動の考え方を約8分強に渡って原稿を棒読みする事無く滔々と真摯に解説する姿には、出席したジャーナリストでなくとも多くのモータースポーツファンにとっても共感を与えうるものだろう。
一方、世界の二輪業界トップに君臨するホンダとヤマハのモータースポーツ活動報告も、今年年初に各社の社長によって公表されている。本ブログでも、レース活動発表会雑感として感想を述べた。そこで、四輪との対比もあり、先にブログに投稿した内容の一部を再稿してみようと思う。「レース活動こそが企業活動に流れるDNAだと言うのは、ホンダの企業文化の説明に頻繁に使用される字句表現であったが、今回、ヤマハもレース活動こそ企業のDNAだとしている。ホンダとヤマハ、共に世界の二輪企業を牽引してきた大企業が、レース活動こそ企業のDNAとしているので、どのDNAが優れた遺伝子であるかを証明する戦いだ。 どの企業のDNAに勝利の女神がほほ笑むかの戦いを今年は観戦出来る、これは非常に楽しみだ」
「「ホンダは競争相手に勝って一番になること」、これが世界の二輪市場を席捲する企業ホンダの発想原点であり、DNAでもあると言うのは確かなようだ。 伊東ホンダ社長はかって、東京モーターショープレスデイでは、『 モータースポーツはHondaの原点であり、DNAであります』とあった。 レースがホンダのDNAとは格好良いことを言うもんだと当時は思っていたが、「 RACERS」誌にある福井前社長やホンダの歴代社長の言質を再度思い起こしてみると、 モータースポーツはホンダの企業活動の原点であり、「レース参戦すること」「一番になること」、これらは単なる飾り文句ではなく、疑いのないホンダのDNAだと改めて再認識できる。とかく、レース参戦と言うと、何ぼ単車が売れるのかとか、どれだけ企業イメージが上がるのかとか、費用対効果はあるのかとか、 色々な声があるらしいと聞いたこともあるが、レースに参戦し勝つことがホンダのDNA、遺伝子だから、妙に屁理屈をつけた議論は不要なのだろう。事前調査はかなり詳細にやっているに違いないと察するが、この思想、DNAが、ホンダを町工場から世界最大の二輪企業に成長させ、世界に冠たる優良企業に成長させる理由であると解説されても、書生ぽっくなく妙に説得力があるから不思議だ」
こんな記事もあった。「一流トップの学び方:本田技研工業 福井威夫社長」
「レース参戦することによって・・(略) 重要なのはこの貪欲さが生まれる環境で、その極致が“修羅場体験”です。 想像を超える困難な状況の中で、自分で何とかしないとダイレクトに結果に表れる。誰も教えてくれない。失敗はしたくないが、失敗を恐れていたら何もできない。 必要な情報や知識をどんどん吸収し、あらゆる力を一点に集中して突破する。そして、見事成功したときは達成感に浸る。こうした修羅場体験を経て、ひと皮も、ふた皮もむけ て力をつける。ところが、組織が大きくなると、自分は何もしなくても業績に影響しないような状況が各所に生まれがちです。大企業病が蔓延する。 そうならないよう、社員をいかに修羅場に追い込んでいくか。」
★世界の四輪業界と二輪業界のトップに君臨する企業、トヨタとホンダの、其々が考えるモータースポーツとはを読むと同じような文言が出てくるので、進む道や目標は全く同じ方向かなとか一見思えるが、しかし夫々が育った環境の違いもあって歩む道は大きく異なるようにも読める。それはレースに参戦する根っこの部分が全く異質だったことからくるのかも知れない。トヨタのモータースポーツの出発点が役所等から要請(指示)によるもので当初から役所の保護があったものだ。一方、ホンダは、町工場の現場でミカン箱に立って自ら世界のレース参戦し勝つことを目標としたこと、つまり役所の保護もないまま単身世界に打って出たこと等を勘案すると進む道は大きく異なってきた。だが、いずれにしても、モータースポーツ活動を通じて、トヨタはアウディやポルシェに肉薄し企業イメージを向上させることであると解釈できるが、モータースポーツに興味のない人達には、”レースを単に美化しているだけ”との声も聞こえてきそうだ。 しかし、企業トップにとって、最も重要な競争力学を重視し、極限状態で戦うことで大企業病にかからぬ組織作りの責務があり、その戦略の一つがモータースポーツ活動なのかもしれない。戦いのなかで蓄積された人的・物的な知識・技能の伝承、いわゆる組織技術ソフトウェアの蓄積の重要性から言えば、レース運営組織が経験的に企業グループ内で運営し続けたいとの思いが、トヨタ、ホンダの経営トップからの市場に向けて、いや社内に向けての直接の声と取ることもできる。 読んでいて面白かった。