「Racers Vol.57」6月24日のFB「Racers」に「9月24日に発売するVol.57で特集するはカワサキのMotoGPマシンZX-RR。このクルマ、まだまとまって1冊にしたことがありませんでした。一番の興味は並列4気筒の爆発間隔、その決定に至るプロセス。人、物、カネ、すべて知りたいです」と書いてあったのを、「カワサキのレースマシン開発決定に至る一つのプロセス、つまり人、物、カネ」が解説されていると解釈し、まず最初に興味が湧いた。また、FBに「この単行本は1000円の価値がある」とか「このZX-RRマシンにロッシが乗れば勝てると、ZX-RRの開発者の一人が言った」とか投稿していたのも興味があった。これは面白いと。しかし、直接の購入動機は、執筆者の「カワサキのMotoGP活動の全貌と、知られざる技術的進化を掘り下げました。現在のカワサキスーパースポーツZX−10R(そしてZX-25Rも)やモトクロッサーKXの設計思想のルーツはここにあると言ってもいいでしょう」と、つまりZXがKXの設計思想のルーツだともあるので、この文面には非常に興味が湧いた。更に加えて、2010年に発行された「RACERS vol6」の"kawasaki GP Racers特集”に「参戦と撤退を繰り返すカワサキに未来はあるか」という記事がある。本著によると、'82年のKR500は他社の4秒落ちで撤退、X09はタイムが上がらずじまいで'93シーズン途中で撤退、'02年のZXRRは勝てる見込みもないままリーマンショックの金融危機に揉まれてGPから撤退したと記述しているが、当時の編集長の疑問「カワサキはなぜ”参戦と撤退を繰り返す”のか」についての回答が記載されているかも、と思った。そこで、本屋に行って1100円(税込み)の本書を購入し読んでみた。
Vol.57に記述されている内容に沿って、気になった文面を拾ってみた。
カワサキロードレース最初のワークスチーム(定義:自動車等製造会社が、自己資金でレース参戦する場合のチームを指す名称)は、1965年の水冷2気筒125㏄のKR‐2で始まり、’75年登場のKR250、KR350は幾多のチャンピオンを獲得した歴史的傑作マシンとして高く評価している。ところが、’80年登場のKR500は前例のない車体構成が災いし満足な結果を得られず、他社の4秒落ちに加え景気低迷もあって撤退する羽目になった。それから20年経った2002年、MotoGPレースの規則が変更され、エンジンが従来の2ストロークから4ストロークに一本化された期に、それまでカワサキが培ったスーパーバイクの知見を基本に「新たな技術開発と人材育成」のためにGPレース参戦が決った、と書いている。
● ’02年、川重ニュース「カワサキFIMロードレース世界選手権に参戦」
(「川崎重工は、2003年よりFIMロードレース世界選手権MotoGPクラスに本格的に参戦します。
マシンは新開発の「Ninja ZX-RR」で、水冷4ストローク並列4気筒DOHC990cc(未満)エンジンをアルミフレームに搭載し、空力特性に優れた直線的なフォルムを持つ、戦闘的なマシンです。カワサキは2002年シーズンを本格的参戦の準備期間と位置づけ、世界スーパーバイク選手権で活躍したカワサキレーシングチームの柳川 明選手をライダーとして、2002年シーズン後半から参戦し、マシンの開発を進めます。)
● しかし、’03年から始まった実際のGPレース本格参戦は、それまでのスーパーバイクで得た知識や経験は生かせず失意と苦難に満ちたもので、年間ランキングも22位、23位と下位に沈んだ。
● ’04年、マシン開発とチーム体制の抜本的改革を図るべく大変更を行う。’04年から、車体を欧州のスッター(SRT)に委託し、エースライダーにヤマハから移籍してきた中野真矢と契約した。しかし、マシンは一発の速さはあっても、トップの絡めない、成績に結びつかない。その理由は、エンジンの信頼性(カムギヤトレイン化された動弁系のトラブル)が多発したことと、ピーキーなエンジン特性も相まってコントロールしずらい課題もあったが、この年、中野は年間ランキング10位となった。
● ′05年からエンジンのトラクション向上を図るため、エンジンの爆発間隔を変更した結果、性能向上を得るも信頼性に難があり、完走もままならず戦績に結び付かない。中野の年間ランキング10位。
● ’06年、この年、更に不均等爆発エンジンを採用、車体開発も欧州からカワサキの開発部隊に戻し、チーム名をドイツの「カワサキ・エッケルチーム」から「Kawasaki Racing Team(KRT)」とした。ライダー弁「速いが、コントロールがピンポイントで全開で走り切るのは難しい」との事で、中野の年間ランキングは14位となった。この年、中野選手は3年間在籍したカワサキを離れる。
● ’07年、この年からマシンの最大排気量規則が990㏄から800㏄に変更された。カワサキは外部委託していたチーム運営を日本主導に戻し純粋なファクトリチームとして活動した(この意味がよくわからない)。実戦レースでは転倒リタイヤや多重クラッシュに巻き込まれる等、「Racers」誌は「ついにトップレベルのパワーとスピードを実現」と書くが、相変わらずの戦績向上せずで前途多難の800㏄のレギュレーション下でスタート。
● ’08年、念願の初優勝かと噂されるも、ライダーのテスト時の負傷もあり事前テストが満足に出来ずじまいの上に、マシンの二次チェーン破損やマシンのセッティングミスも重なり、マシントラブルが続出。結局、年間ランキングは16位に終わり、カワサキがMotoGP参戦以来の最低の結果となって惨敗。
● ’09年初頭、カワサキはMoto撤退を発表。(参考:川重ニュース「MotoGP活動の休止について」)
「2009年01月09日:川崎重工は、FIMロードレース世界選手権MotoGPの参戦活動を、2009年より休止することを決定しました。
当社はこれまで、ビジネス環境の激変に対して迅速に対応をしてきましたが、今回の金融危機の世界経済への影響は極めて大きく、回復には時間がかかるものと予測されます。このため、経営資源の効率的な再配分が必要と判断し、2009年以降のMotoGPへの参戦を見送ることを決定しました」、カワサキ7年間のMotoGP参戦の結果は、表彰台3回(2位、3位)と最高年間ランキング10位で終了した。
この間に、MotoGPマシンのレースライダーや開発を担当した3人の日本人ライダーのコメントがあるが、その中で面白かった項目。
●柳川明選手、’02、’03年のマシン開発とレースライダー契約。’01年に、カワサキからMotoGP参戦の話があり、マシン開発を要請される。レースライダー希望が強く、04年からKMJのチームグリーンとライダー契約し、MotoGP開発から離脱。
●芦沢太麻樹選手、’07年以降の開発担当。「ライディングと言うのはその人それぞれで、タイミングがある。300㎞/hを超えた領域からの減速を、欧州ライダーと寸部狂いなく減速シフトしての問題を出してくれと要求された」と言う話、世界最高峰のレースライダーと同じ技量、癖の再現走行を要求された開発担当は凄いと思った。
●中野真矢選手、「エンジントラブルが多かった。ペースを上げるとエンジンが壊れる。カムギヤトレンに問題あった。トラクションコントロールも他社に比べワンテンポ遅れる」。リヤタイヤのバースト、エンジンブローを経験しながらも茂木レースで3位。「エンジンに根本的問題を感じていた、また日本の開発チームと欧州現地チーム間のコミニケーション不足があった。数種類の不等間隔爆発エンジンをトライするも一長一短あり、かつエンジントラブルが’05年同様に発生し、頻繁に壊れた。「’04はマシンを走らせるのが精一杯、’05はマシン開発に集中、’06年にやっと準備が整った」「ある時、チームの人間が”ロッシに載せればとっくに勝っている”との発言に気持ちが沈んだ」として、現地欧州運営チームと日本の開発チームとの思惑の違いを指摘。「ヤマハとホンダはGP500時代からの長い実績があり、開発の方法が確立されているが、カワサキは自由」と結んでいる。結局、カワサキに在籍した中野真矢選手の戦績は、’04は10位、’05年10位、最後の’06年が14位で終了する。
読み進めるうちに、面白い指摘を見つけた。「’06年は予算を大きく超過し技術本部長から大目玉を喰らった。でも技術本部長が怒っている前でダンマリを決め込んでいれば”しゃーないな”の一言で収まるような、そんな会社でした」とある。
で、残りの項は、MotoGPマシン開発を通じて学んだ詳細な技術説明に多くのページを割いて記載している。例えば、不等間隔爆発エンジンの中身やその長所・短所も調べて記述してあるし、担当技術者を悩ませたカムギヤトレンの共振破損、高速回転時に発生しやすい直打式タペットの課題解決として四輪レースに実績のある動弁系のニューマチックやフィンガータイプロッカーアーム(KXと部品共通化で、FBではKXの設計思想のルーツと表現されている)の採用等の経緯が記載され、カワサキのMotoGPエンジンの開発の苦労話が羅列されている。最終的に直接勝ちにつながるような誇るべき技術の記載はなく、7年間のカワサキのMotoGP活動に供したエンジン関係および車体関係の技術紹介だった。しかし、これらの開発結果が、当初のMotoGP参戦目的とした”スーパーバイクの知見を基本に「新たな技術開発と人材育成」のためにGPレース参戦が決った””を十分満足するものであったか否かの関係者の記述もなく、「予算を大きく超過し、技術本部長から大目玉を喰らった」と言う結果の記述に終わっている。
当初の参戦目的とされた”スーパーバイクの知見を基本に「新たな技術開発と人材育成」のためにGPレース参戦が決った”は基本的に到達したんだろうか。MotoGPのチャンピオンを獲得することは能わなかったけれど、ロードレースの最高峰レースで頂点をめざすとした当時の担当者の目的は叶ったかどうかの記載はない。「新たな技術開発と人材育成」と言う参戦目的は、結果的には当時の欧州の新聞が「カワサキのMotoGPは緑亀」と書いたように、市場のカワサキを見る目はチャンピオン獲得には程遠いマシンと受け止められただけに終わったと解釈されただけかもしれない。それまでの量産車によるスーパーバイクレース、つまり量産車(互いに基本的な部分は公知)という制約のある技術範疇の延長上にある知見や予算でのレース運営は、しがらみのない”勝つためにはなんでもありのMotoGPレース”には全く通用しない過酷なものだと分ったと言うところだろうか。その答えの一つに「予算を大きく超過し技術本部長から大目玉を喰らった」との記述があったので、調べると、カワサキはMotoGPチーム運営に年間約40億円を費やすとAFPBB Newsは書いている。この額の大小の適否を比較する資料として、2004年、ヤマハ(発)は50周年の記念の年に、グランプリ最高峰のレースで勝つ事を目的として、チャンピオン獲得命題に取組み、当時最高ライダーだったV.ロッシと契約し年間チャンピオンを獲得したが、その際のレース費用は75億だと「RACERS vo14」が記載している。また、30数弱年前の情報では、噂の範疇だと言って某メーカーのレース運営費用は三桁の億の予算だと聞いたことがあるが、それに比べると、真偽不明なるもカワサキのレース費用40億は少なく、格段に驚嘆すべき高額費用でもない。つまり、MotoGPに勝とうとすると、場合によっては三桁前後の億の費用が必要なんだと言う事だろう(参考:公表されている川崎重工業の有価証券報告書は、2008年の汎用機事業で販売実績3365億、研究開発費は182億、2010年の汎用機事業は販売実績2345億、研究開発費121億となっている。MotoGPレース運営費目は不明)
しかしながら、「RACERS vol6」で「他社は続けているのに、どうしてカワサキだけが参戦と撤退の歴史を繰り返して来たのか、その根源を分析しようと試みた」と編集長は述べ、「経営レベルが先行不安の情勢下に陥った場合、即効性のある緊急処置を求められると、どうしてもロードレース活動から撤退せざるを得なかった」と編集長は続けていた。一方、最近の事だが、欧州のKTM社は、日本の大企業からみると、さほどの規模に無い二輪企業だが、2017年にMotoGPに本格参戦し4年目の2020年に初優勝(参戦58戦目)した事実を見ると、日本企業は何か見落としているポイントがありそうで、この点の解析も是非に編集長に要望したいところだ。
だから思うに、MotoGpに参戦することによって技術の引き出しが増え将来の技術開発に勝利することが可能と判断されるなら、是非とも参戦すべきであろうし、開発部門は強力に参戦要求をすべきだと思うが、余りも費用対効果が高いように判断される可能性もある。従って、MotoGpは資金的に弱小メーカが参戦するには二輪事業トップの強い意志と覚悟が必要とする。レース参戦は、二輪事業トップがレース好きだからとか、優れたマシンを開発する技術力があると言う単純な図式ではない。二輪企業にとって、「MotoGpレース参戦は経営的効果がある、だからレースに勝利する事を目指す」と成らねばならないと思う。その意志が明確でないと、レース費用は年毎に増加する一方で、しかも勝てないことが続くことになる。経営的勘定で企業のレース活動を決断すべきだろう。そうしないと、レースに勝つ事を目的として多額の費用を掛ける競争相手に勝つことは困難であるし、レース担当者にも無益な負担が常に掛ってくるので、ますます負の連鎖となっていく可能性があると思う。
他方、技術レベルの高さの優劣を、勝負として競争するのがレースであり、過去、日本企業はレースで勝つことで優秀性をアピールし企業自体が発展してきた歴史がある。二輪ユーザーが求めるものは多様化しつつあるが、最も技術力を誇示できる場がレースであることは現在も何等変わらない。MotoGPのようなプロレベルの最高峰レースのみならず、一般二輪市場で誰もが購入できる車でレースを競い、誰が一番早いか、どの車が一番早いかを決めることも、これからも続くはずである。欧米のレース場での観客の駐車場をみていると、観客の関心度合いが良く分かる。また、モータースポーツの魅力度を測る尺度として、最近は、テレビやパソコンでモータースポーツを観戦する、モータースポーツをYOU TUBEで観戦している人が世界中では多くなっているらしく、関心度の度合いを評価する基準としてモータースポーツのYOU TUBE登録者数が挙げられている。
その点から見ると、
〇二輪ロードレースの最高峰とされる「MotoGP」のYOU TUBE視聴登録数は354万人
〇二輪の量産車を基本とするレース「WSB」のYOU TUBE登録数は14万人
〇四輪のFORMULA 1の YOU TUBE登録者数 437万人
となっており、市場でのMotoGP人気度評価は極めて高く無視できないレベルにある。
「Racers Vol.57」によるカワサキMotoGP参戦の分析を読みながら、カワサキのロードレース活動への考え方や取組の一端を知ることが出来たので、1100円(税込み)の価値はあると個人的には判断している。